大野ヶ原から四国カルストへ。

コーナーをひとつ抜けるごとに広がる風景に、
あぁ、ここってここだったんだ(意味不明気味)、
あー、懐かしい、そうそう、こんな風景!
と、記憶の底に眠っていた風景が掘り起こされてきます。

姫鶴平からの景色。
連なる山並みが描くグラデーションに魅せられます。
より大きな地図で 2010四国車泊放浪地図 を表示

高原の風景の中に延びる道をたどっていると
どこまでも行けそうな、天に向かって走っているような、
そんな錯覚を覚えます。

以前来たときはもっと暖かい時期だったので
牛があちこちで草を食んでいましたが
この時期は牛もいなくて少し寂しいね。

あまりに気持ち良いので、
立ち止まらずに勢いに任せ走り抜けたら
それはそれは気持ち良いに違いないのですが、
やっぱり写真を・・・と立ち止まってしまう。
ヒャッホウ!
と、窓全開で無邪気に走り抜けたい気も。
(バイクに乗ってる人になら、この気分きっと分かってもらえるかも)

この丘の向こうに
海が見えるわけはないのだけれど、
そう思いたくなるような空の蒼。
こういう場所に来ると、
小さいことが更にどうでもよく思えてくる。
自分がどう思われているとか、
誰かに必要とされているとかいないとか、
普段でも気にはしていないけど
更にどうでも良くなって。
自分が望む小さなことだけは満たされている、
その現実に感謝の気持ちと
今こんな気持ちの良い場所にいる喜びとでいっぱいで。
山を降りても
ずっとこの気持ちでいられるようにと、
いつもそう思うのです。

(画像は雲の上温泉の建物)
晴れ渡る峠を下りながら走っていると、
カーステレオの音楽に割り込む数日ぶりに聞く電話の着信音。
「ごめん、暫く電波通じてなかったね」
と謝りまくったり、
「ねーさん、いまどこ?」
そんなメールを山を降りる途中で受信できるようになって
山から降りちゃったなという実感がじわじわと。
「梼原~!。義弟ちゃんはいまどこよ?」
なんて内容を返しながら雲の上温泉に向かい、
ほっくりと体を温めて。
温泉から出れば陽もトップリと暮れていて、
さてさて今夜は何処を寝床に?と
現実問題に向き合いつつも
山の上にいたときのあの気持を思い出しながら地図を眺めれば、
なぜか(あくまでも野宿病気味の脳の反応で)光って見える地点を目指すことに。
その地点へと着いてみれば
「あらヤダ、素敵なトコ♪」
そして今夜も
静かに夜は更けゆくのでした。
<このレポは、2010年11月20日~2010年12月25日の四国放浪時の記録です>























































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