画像:野宿地を探して彷徨う
頂いた質問のうち1番目についてのお答えです。
このサイトでの「野宿」の意味:トイレ等の施設の全くない場所での寝泊り、を指します
ぷにょさんよりご質問1)
初めての地で、道の駅、SA以外の車中泊スポットのみつけ方。できるだけ静かで気持ちの良く、サイトのような絶景、自然の音に包まれるような場所の見つけ方を教えて下さい。地図であたりをつけ、その方向の脇道をひたすら探すとか、旅先の移動中の怪しい脇道を見つけてはトライを繰り返すとか、やはりトライ&エラーの繰り返しなのでしょうか?効率良く探し当てるコツを教えて下さい。言葉では表しにくいかも知れませんが、何か気持ちの良い車中泊スポットの匂いがするとか、かぎ分け方のコツを教えて下さい。
うさっぷより
まず最初に。
私は特別に野宿地を探すのが上手な方ではないと思っています。
野宿地探しは好きで、楽しくて、悦びのひとつとしてやっている、それをたまたまブログ上で公開している、それだけなのです。
得意なわけでもないし、野宿の経験がもっとある方はもっともっと要領よく、もっと素敵な場所を上手に探されているのだと思います。ですので教授ぶって「教示する」つもりも全くないことをこの記事をご覧の皆さんにはどうかわかっていただいた上で読んで頂けると嬉しく思います。
ですが、私が実際にてやっていることがどうであるのかとぷにょさんはじめ他の方々がお聞きくださったので、ただただ自分の経験と思うことをお話しすることしかできませんが、もし参考になりましたら嬉しく思います。
おおまかには、ぷにょさんがおっしゃるとおり、
・地図であたりをつける
・脇道を見つけてはトライを繰り返す
といったところです。
地図を眺めていると、この辺はなんだか車中泊によい場所がありそうとの見当はあらかた予想がつきます。
地勢や、どういう雰囲気の場所なのかは、だいたい、なんとなくではありますが地図を見れば想像がつきます。
ですので、あらかじめこのあたりなら寝られそうだからちょっとはアテになるかな、と予定を立てたい時にはよく地図を見ます。
もちろんその予測は外れることもあります。
でも、大きく外れることは殆どありません。大方予想の範囲内です。
地図でのあたりのつけ方も、詳しく書くととんでもなく長くなりますので割愛しますね。
地図を見てここはどんな地形でどんな感じなのかなんとなくわかったり、たいした量の経験ではないけれどその積み重ねからくる予測が、もしかしたら車中泊地を見つけるのに役立っているのかもしれませんが、バイクや車で四半世紀あちこちフラフラしていればまあこれは誰でも出来るようになることだろうと思います。
地図からだけでなく、なにげなく通りがかった現地の地勢からも見えない部分を予想、判断します。それで、ああここにはありそうだな、と思ったら探索するのです。
ですのであえてコツといえば、
・紙地図や現地でカーナビの地図を眺めて良さそうだなと思う場所、脇道を探す→そのような場所が走っていて目に付いたら、地図で見つけたら実際に行って確認してみる
を繰り返して自分なりのデータを蓄積していく。
つまり、ぷにょさんの求めていらっしゃる「効率良く探し当てる」ではちっともありません。
でも、地道にこれを繰り返すのが一番の近道だと思います。
たったこれだけなのです。
・・・これだけではおそらくぷにょさん、そして他の方々もあまりご満足いただけないと思います。
でもこれだけしかありません。
本当にこれだけなのです。
あとは各種の林本(林道本。林道や林道野宿関係の書籍)を読み漁る、林道野宿関係のサイトやブログなどをご覧頂くくらいしか思いつきません。
ただ、私自身は林道やそれを走破すること自体に興味があるわけではないので、こういった類の書籍を読んで方法を学んだわけでもなく、昔はインターネットなどもなかったので自分ひとりで経験を積んで野宿地探しをしてきました。
書籍では、寺崎勉氏や小川修司氏の著書がおすすめです。絶版しているものが多いので、古本をお探しくださいね。
・寺崎氏の著書の中では特にこれがおすすめ イラスト図解 バイクキャンピング 超実践寺崎二輪野宿学校
・小川氏の著書でおすすめ ツーリング大全
どちらも基本的に二輪向けの内容ですが、車中泊に大いに応用できます。
普通車での車中泊はオートキャンプといわれるものよりも、二輪ツーリングや登山のノウハウを持ち込んだほうが用品なども積み込みやすいのです。
これらの書籍では直接的な探し方をあれこれタップリ指南してくれるものではありませんが、野宿地を探し、野営する上で大切なことがたくさん盛り込んであり、大変実践的な内容です。この2冊を読むことで色々な知識が得られるので是非ご一読されることをおすすめします。どちらもイラストが豊富で大変わかりやすく、楽しくご覧いただけると思います。

車中泊関係の書籍でお勧めは残念ながらありません。
公園を見つける程度のことなら書いてあるようですが、自然の中の野宿地探しの具体的手法を書いているものはないようです。
サイト、ブログでは絶景野宿地こだわり系の方はあまり見かけないです。林道走破系が多いですね。
このくらいでしょうか。
・・・あまりお役に立てず申し訳ありません。
ですが、ぷにょさんとのやりとりで頂いた内容や、他の方々からのメール内容から察するに、私に対して皆さんがお聞きになりたいのは探す時の直接的なコツや行動の実際のあれこれだけでなく、もっと他のところにもあるのではないか?と、とても感じたので、少々お恥ずかしいのですが、以下に色々とお話させていただこうと思います。
・効率良く、を求めない
効率の良さを求めると、求めているものはなぜか遠ざかる。ように思います。
残念ながら、効率よく、眺めのよい静かで快適な自然の雰囲気いっぱいの車中泊地を探せるようになる方法、探す方法は心あたりがありません。
効率よくそのような車中泊地を探し出す術をどこかで得たとしても、それには必ず落とし穴がついて回るでしょう。
ですがそのリスクがどういうものであるかは、効率よく探し出す術を得たその情報源からは決して得られない筈です。
効率よく自然味溢れる車中泊地を見つけるためにはやはりある程度の経験が必要なように思います。
経験を積まずに効率を求めると、経験があればなんともなく避けられることに大きくはまり込んでしまうことがあります。
取り返しのつかないことになる場合も多いでしょう。
ですがうまくやれるようになると結果的にしていることは効率的だった、そうなる時期も自然に訪れるように思います。ですから、経験を重ねながらそれをじっくり待てばいいのです。
急がないことです。
一部分だけみて、全部を見たような気になって、なんでもすぐに判りきったような気持ちになって、切り捨てないことです。
握ったものを自ら手放してはなりません。
少々とげがあっても、握り続けて、握りきるのです。
不味いと思っても味わって、味わい尽くして飲み込んでみるのです。
効率良くする必要があるのはなぜなのでしょうか。
これを考えていただきたいと思います。
なぜ、そんなに効率の良さにこだわり、求めるのか。
なぜ、効率良くあらねばならないのか。
効率を求めないことが一番効率が良いのです。
いろんな意味で、いろんなものを一気に一度に「求めない」ことです。
急がないことです。欲張らないことです。
最小限、そして今必要なだけ、ほんの少し。
これで充分だと。
今はこれでいいと。
ちょっとだけ立ち止まってみてくださると嬉しいです。
たくさんぶらついてください。ほっつき歩いて、探してください。
ぷにょさんのおっしゃる「エラー」を繰り返してください。
ただし注意深く、ひどく臆病に。小心者のように。
すこしずつ、そっと。
それを何度も何度も繰り返して、要領悪く、効率悪く、たっぷり時間をかけてみてください。
ゆっくりと。
退路は確保し、慎重に。
いつでも撤退できるように。
後日述べることとも重複しますが、最悪に備え最善を尽くした上で臨まれてださい。
そして、それらをやるだけの時間を是非たくさん作ってください。
いつも地図を眺めてみてください。
何か見えてきます。
必ずわかるようになります、感じられるようになります。
大きな本屋さんに行って、好きな場所や車中泊してみたい場所の5万分の1の地形図を買ってきて、眺めてみてください。
1枚3百円もしないはずです。
今の時代はネットでも閲覧できますが、 紙地図がよいです。
何度も何度も眺めてください。「読んで」ください。
印をつけたり、予想してみてください。
楽しみながらやってみてください。
楽しかったらどんどん調べて、研究して、データを脳内に蓄積して、それを利用して更にどんどんやってみてください。
とにかくやってみるのです。それらはエラーでも無駄でもないのです。
できる範囲から、すこしずつ。
こんなに楽しいことに効率を求めたり、簡単な手段を求めてそれで片付けたりしようとせず、じっくり楽しんで欲しいのです。
車中泊地探しは、車中泊旅の楽しみのひとつであると、気づいて、知っていただきたいのです。
最初はピンとこなくても、解りきらなくてもいいので、まずは知って下さい。楽しいものなのだと。
自分の予想が当たって、思い描いた通りの場所が、風景が、目の前に広がったときの喜びを、どうか味わっていただきたいのです。
車中泊地を見つけて、そこで飲食して寝泊りするだけのことなのですが、そこに持てるだけの知識を絡ませていくとどれだけ面白いことなのか、きっとビックリされると思います。
五感をフルに使って、開放して、いろんなことに注意を向け、神経を傾けるのです。
都会で暮らしている時は自動的に閉ざして、感じないようにセッティングしている本来の感覚を呼び戻すのです。
走っている時も、コーナーを曲がる時も、止まっている時も、全てを観察するのです。
わからなかったら、エンジンを止め、車から降りて、土を踏んで、暫くそこにいてみるのです。
見回して、聞いて、匂いをかいで、歩いて、感じてみるのです。
ゆっくりと。自分のペースで、自分の心に訊きながら。
そうしていると、素敵な野宿地の匂いがかぎ分けられるような、そんな気持ちになれると思います。
なんとなく、かもしれないけど、なんだかわかるような錯覚を覚えるようになると思います。
すぐに、確証を得られなくてもいいのです。
何度も繰り返していれば、いやでも確証を感じます。
効率が悪いように見えても、やるのです。やってみるのです。
何度も、何度も。
もしそれが楽しければ、時間がとれるごとに、車中泊地探しの練習を熱心にされるはずです。
練習を練習とも思わずに楽しく、ただただ楽しんで車中泊旅をされることでしょう。
楽しくなかったら、やめてください。休んでください。
楽しいか否か、に敏感になってください。
何かを得ようとすれば、どこかでなにがしかの代価を支払う仕組みにこの世はなっているのは既に充分にどなたでもご存知かと思います。
それを楽しく払うか、辛く払うかは自由に選べて、ご自身次第だということも。
エラーだらけで代価を嫌というほど払った気持ちになるか、エラーをエラーとも思わないほど楽しみながら知らないうちに得たいものを得るかも自由だと思うのです。
やがて、エラーはひとつもなかったと、エラーだ無駄だ、悪効率だと思っていたことが実は宝物だったと、そう思われるころには、きっとたくさんのお気に入りの車中泊地を手にされていることでしょう。
そして、見知らぬ土地でもすぐに車中泊地を見つけられるようになっていることと思います。
リスクの少ない方法で、要領よく、効率よく、眺めのよい気持ちのよい安堵して過ごせる場所を探しだせるようになっていると思います。
たくさんのすばらしい風景にも出会っていることでしょう。
正直言うのなら、見晴らしのよい場所を見つけようと思えば、それなりの法則性はあります。
ですがそんな小手先のことだけを今お伝えしたところで、私の真意が伝わらないだけでなく、真似をしようとした方を危ない目にあわせてしまう可能性も高いと思うのです。
意地悪で言っているのではないんですよ、これが一番の近道だと思うのです。
お分かりいただけると嬉しいのですが、私の表現力不足のせいで不快な思いをさせてしまいましたら申し訳ありません。
ブログをご覧になっていてもわかりにくいとは思うのですが・・・実際ブログ上ではあまり書いていないせいもあるのですが・・・地図を見たり、脇道に入ったり、あるいは脇道でもないけれどなんだか惹かれる方向に入って行ったりのこういったことは、「さぁーて今日の寝る寝るプレイスを探すぞー!」という時だけでなく、走っていて気になった道や場所があれば実はいつでも私はやっているのです。
どこか他への移動途中でも、朝でも昼間でも、今すぐに寝る場所が必要でないときも、です。
ですがたいした事をしているわけでもなく、もし一緒に行動することがあったのなら、何てナマクラでいい加減で適当なんだろうと私のすることに驚き呆れられるかもしれません。
ですがこうすることで、手持ちの車中泊地の数が知らず知らずに増えています。
見つけた時は奥深くまで探索できなくても、気になる場所は印をつけておき、後日訪れる機会があったら立ち寄ったりもします。
今回だけでなく、次もまた来るから・・・そんな気持ちでいつでもいるので、その時のためにと野宿地ストック?らしきことをしているのかもしれません。
余談ですが、次もまた来る、そう思っていると本当に来られる機会が訪れるから不思議です。
でもそんな野宿地発掘過程は、苦行でも義務でもなんでもなく、楽しみであり、趣味でもあるんですね、私の場合。
気に入った場所で寝るために旅してるんだか、旅のために寝る場所探しているんだか訳がわからなくなる時もあるくらいです。
ただただ彷徨っている、そんな感じです。
流されて、漂って、放浪している。
それでもなんとかなっています。
心のままに、感じるままに、導かれるように、直感にしたがって、自分に正直に。
したいことをしたい時にしたいだけ、する。
それが他人から見てどうであるとか、意味づけや比較はしない。
言い訳せず、追い立てられず、何のためにこうしてぶらついているのかと考えながら。
そして、眠る場所はちゃんとあると、必ず用意されているとなぜだか信じて疑いません。
そして本当に、いつもちゃんと用意されています。充分なほどに。
いつでも、誰にでも、ちゃんと用意されていて、そこに「ある」のです。
今、すぐ、ここに、目の前に、「ある」ということに気づくだけでいいのです。
ないように思うのは、見つからないと思うのは、ただ、気づいていないだけだったりします。
だから、「ないない、みつからない」と思わないこと。
ちゃんと用意されていて、あると信じること。
やれることをやるだけやったら(←ここ重要)、心配しないこと、不安にならないこと。
これらのことも忘れないで下さいね。
ブログにご紹介させていただいている画像の中の多くは、おそらく大半の方が「エラー」だと思われることをした時に見たり感じたりした風景から切り取った一部であることも、付け加えておきます。
林道で、暫くバックしてからUターン。
急に変化した路面に、先が怪しいと感じ、歩いて偵察。
軟質な地面と深い轍とガレにフレンディではラインが取れそうにないので早めの撤退。
こういうことも普通にあります。
今までブログにこういう画像を載せる必要を感じなかったし、
わざわざ画像を撮り、残すこともしませんでした。
自分の中では良くある当たり前のこと。
野宿地探しでは普通のこと。
林道探索でありがちなこと。
でもこれをエラーとか、効率が悪いとか、無駄だとか思ったことは全くないのです。
非常に楽しい、旅のひとこま。
ぷにょさんからメールを頂いてから後日、出かけた先でヤラセではなく撮影。
こういうことを説明するには画像もあればわかっていただきやすいかなと撮ってみました。
この道を見つけた時の眺め。
こんな気持ち良さそうなところ、登って行ってみたいですよねぇ。
この先どんな風景が広がっているのかなって。
どんなところに繋がっているのかなって。
ナビにもない、地図にもない道。
国道から逸れ、地図にない脇道の林道を走っていて目に付いた丘。
でも、この風景を見たとたん、
Uターンする可能性が高いだろうなと実はわかっていました。
理由は省略。
でも、行って見てみたい。
農作業のための道ではないのはなんとなくわかりました。
入り口を見てUターンをほぼ覚悟。
・・・でもちょっとだけお邪魔。
そしたら、やっぱりUターン。
そのうちこの道もUターンせずに済む時がくるでしょう。
そのときがまた楽しみなのです。
楽しみがひとつ増えました。
また来ます、ここ。
Uターン、そして見えた風景。
ブログに載せたり書いたりするのはこの部分だけだったり、
前出の丘の画像だけだったりします。
キチキチに観光の予定と移動時間、食事や入浴の予定を組んで詰め込みぎみの日程にしてしまうと、こういった好奇心に導かれての寄り道はしづらくなりますよね。
ですのでまずは、ゆったりとした予定、日程にする、あれもこれもと欲張らない、つまり求めすぎないのがお気に入りの野宿地を探しだすための一番のコツなのかもしれないと思っています。
ガイドブックで解説された観光、誰かが練ったプラン、コース。
それらをなぞることに時間を割かない代わりに得るものは、行き止まり林道の暗い雰囲気のドン突き広場だったり、ドロドロに汚れる車体下廻りだったり、ホコリだらけで真っ白になった車体とバンパーに小山に積もる土埃だけだったりもします。
それでも懲りずに楽しみながら、面白がって探索を続けていると、突然とんでもなく素敵な風景に出会ったりもします。誰もいない静かな空間が広がっていたりもします。
「求めすぎなければ、それ以上に自然とどこからか充分に与えられる」
スッと自然にそう思えてくるのです。
そういうこともあるのだと知っていただくのも、野宿地探しを焦らないためのひとつの方法だと思います。
ですが、お勤めなどされていてせっかく取れた貴重なお休みであれば、やはりあれも見たいこれもしたい、あそこへも行きたいし、なかなか行けないあのお店のあれも食べたいなぁ、と思うのは当然のこと、あれもこれもと詰め込みがちな旅程になるのは仕方がないことかもしれません。
ですから、つい効率を・・・となる気持ちもわからなくはありません。
いかに観光などを要領よくこなしてあちこちたくさんの場所を見、走り回るかに注力し、下調べして入念な予定を組んで、車中泊地も道の駅でなどとあらかじめ決め、それらをうまくこなしたことに達成感を覚えるのも旅のスタイルのひとつだとは思いますし、事実そういうことを求めている方も多いのでしょう。ですが、どちらかといえば私のしていることはそれとは真逆に近いのではと思います。
予定をこなすことに執着しないことです。そうするとなぜかうまくいきます。
仕事ではないのですから。遊びなのですから。
すべてが遊び。執着を手放すのです。
まあいいや、そんなのもアリ。と受け止めてしまうのです。
遊ぶとは、
あ・そぶ=「あ」に「沿う」ということで、
「あ」とは「神(魂)」の意なのだそうです。
あ・そぶ=神(魂)に沿う
つまり、心の底からやりたいことを、やりたいだけすればいいのです。
自分の中の声に従って、損得勘定や計算抜きで、見栄を張らず、格好つけず、正直に。
旅に出たら、やらなければならないことは何もありません。
旅に出たなら、こなさなければならない義務も何もありません。
旅に出たからといって、何かしなければならないこともないし、何もしなくてもいいのです。
天気がいいから運がいい、天気が悪いから運が悪いと気にしたり、がっかりしたりする必要もありません。
雨が降ったら降った、風が吹いたら流されてみる、晴れたら晴れた、それでいいのです。
うまくいかなくてもいいのです。うまくいく必要はありません。
間違いはどこにもありません。失敗もありません。
だから何も怖がらずにどんどんただやりたいことをやればいいのです。
車中泊するのによい場所が見つからなくても、
眺めが多少悪くても、なんだかうるさかったり、微妙に居心地が悪かったとしても、それもアリ。
また次の日にはいいことがあるかもしれません。いえ、きっとあります。
実際、一人旅している時の私はどうしてもこなしたい予定がなければ、その日の起きた時間(起きる時間はたいてい決めません、身体任せで好きな時に寝て好きなだけ寝ます、早起きの日も遅起きの日もあります)と気分と天候次第でその日どう動くかを決めるので、その日にすることも、その日の晩の野宿地も決まっていないことが殆どです。
私にあるのは今までの自分の手持ち泊地と地図、本体は古いけれど地図はできるだけ最新バージョン(といっても実質的には2年以上前の内容となってしまう)にしているDVDカーナビだけです。
これらは1泊2日であろうと1ヶ月以上の旅程であろうとあまり変わりません。
寝泊りするための場所の事前情報も興味がないので調べません。
道の駅の駐車場の広さや斜めだ傾いているだの、テーブルやイスが広げられる場所があるとかないとか(このような行為はマナー違反といわれていますが)、風呂の併設があるかないか、ごみが捨てられるだの捨てられないだのは、気になる方には重要なことなのかもしれませんが、私は全くもって気になりません。私にとって、それらは些細なことで、どうでもいいことなのです。24時間開放されている公共の駐車場があり、休憩を取ることができる、それだけでもう充分にありがたいのです。
尤も私が見てみたい情報は、どこにも転がっていないのはもうわかりきっています。
例え仮に、その情報があったとしても、画像一枚もしくは言葉の断片から伺える些細な情報がせいぜいでしょう。
同じようなことをやる人間の考えることは一緒です。
「訊くな。もしわかったのなら誰にも言うな、こっそりお前だけ楽しめよ、わかっているだろう」
「これでわからなければ、探し出せないのなら、
わかるように、探し出せるようになるだけの経験を積むまでもしくは偶然がやってくるその時を待て」
でも、画像さえあればどの地方のどのあたりなのかは、空や海の色や植生、光の加減や雰囲気などで、なんとなく大方わかってしまうのも同じことをやっている人ならわかりきっていることでしょう。
誰かが見つけた車中泊地がどこだろうかと探し当てることに時間を割き手間をかけるよりも、自分で地図を見てその場その場で対応したほうが確実で、もっと素敵な場所が与えられると思っているからかもしれません。
探し出すのではなく、与えられるのです。
一晩過ごさせてもらえる地が与えられたと思えるなら、その地自体に貴賎も優劣もなく、ただただ有難いものだと感じられてきます。まずはそこからだと思っています。
絶景かどうか、それは結果的にそうではあっても、どの地であっても有難さには変わりはありません。
ただ、こんなのんびりできたりするのは、たまたま私がそういった環境を与えられているから可能であったりするだけかもしれません。
ですので、予定がそこそこある旅程の中でどうしたらいいかという一般的な実際の場面では、まずは車中泊する場所を探す時間をあらかじめ作っておく、予定に組み込むことをおすすめします。
「野宿地が見つからない、見つけられない」という人に話を聞くと、たいていの場合は見つける為に時間を割いていません。手間もかけていません。
私からみれば、見つけようとしていないと思える場合が多いのです。
なんとなく走っていれば見つかる場合も確かにありますが、それではお気に入りの場所を見つけられる確立は低いでしょう。
まずは意識的に車中泊地を見つけるための時間を作ることです。
慣れないうちは、午後全部を割いてもいいくらいです。そのくらい予定をゆったり組むのです。
安全のためにも、必ず明るい時間帯に、陽が高いうちから行います。天候が悪い場合は、早い時間帯であっても入り込む場所を熟慮します。
夕暮れになって焦って探し始めても、危ないだけです。
もし良い場所が見つかった時には、気分が向けばすぐ野宿体制に入れるように、燃料も補給しておき、食料や水もいつも最低限は持ち歩きます。
お風呂も早めに済ませ、寝る直前に入ることに拘るのはやめ、24時間に一度入浴できればよしとしています。
実際、入浴は日本でモーター動力移動の場合、日に何度もできる機会がありますので神経質にならなくて大丈夫です。
入浴できなかった場合は蒸しタオルで拭いて済ませても、死んだりしないので大丈夫です。
頭髪も、蒸しタオルで入念に地肌を拭けば、かなりさっぱりします。私は髪が長いのですが、整髪料等をつけないせいもあり、大丈夫です。
実際、お風呂に入れない日というのは、野から出て下界(?)に降りた場合は殆どありません。
秋以降は日暮れが早いので、午後になったらもう探す、遊びながらダラダラとでもいいから早くから探す、くらいの気持ちでいたほうがよいです。
春先から夏にかけて、陽の長い季節は車中泊地探しに割ける時間が長くなり、探すのも楽になります。
ある程度慣れてくれば、探すとなればもうすぐにでも見つけられるものですが、最初からそれは、いくらコツを駆使し効率よくしたたところで無理ですし、危険だと思います。
それから、ゆっくり走ること。
走行中の安全に注意しながら、きょろきょろとすること。
興味を持ったら、なんとなく気になったら、すぐに止まるなり、ちょっと覗いてみること。
慣れれば普通の速度で気になる場所を見つけられるようになります。
何気ないことですが、こんなことをするだけで意外と時間がとられることに驚かれるかもしれません。
たいした事をしていないのに、やたらと時間を食う。
夕暮れになって、経験のない人が慌てて自然の中の車泊地を探しても、よい場所を探すのはほぼ無理なのはこういう理由からです。
経験があれば、暗くとも予想はつきます。
暗い場所でも、明るくなったときの風景が予想できます。
それでも暗くなると、新しい場所を探せる可能性は少なくなります。踏み込んでいける領域が狭まるからです。見渡せる範囲が狭くなるからです。状況もつかみにくくなります。
ですから、経験のない人が自然の中の野宿地を暗い時間帯に探すのはほぼ無理に等しく、危険なことだと思います。
野宿地を探す練習をしに車中泊に出かけてみる、それも面白いかもしれませんね。
それを繰り返せば、確実にうまく場所を見つけられるようになると思います。
北海道や東北、また日本各地でも人口密度の低いところであれば、景色の良い野宿地を探す難易度はかなり低いです。
さして林道を走らずとも、ほぼどなたにでも見つけられることでしょう。
野宿地探し!と力むことなく、あぁ~、なんだかここ気になるわぁ~というオーラをその道(たいていは林道入り口)から感じたら、そしてなんだか先に進んでいけそうな道であれば、準備をきちんとした上で楽しみながら入っていく、これを繰り返すだけです。
簡単なことです。
繰り返せばいいのです。
わからなかったら調べて、また繰り返す。
試す、やってみる。
その繰り返しです。
冗長になりましたが、なんとなくてでも私がお伝えしたいこと、お分かりいただけると嬉しいです。
色々と書きましたが、そこいらをフラフラしているだけのおばさんノジュカーが、ま~たなんだか偉そうなこと言うとるわと聞き流していただければ幸いです。
お気に障る点ありましたら、どうかお許しを。
この項は後々、書き換えるかもしれません。
とりあえずいったんアップします。
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